2011年5月6日金曜日

私が株主提案をする理由―日本の資本市場改革の試案も含めて―

東大経済学部の卒業生の団体である経友会の「経友180号」に、小生の原稿が掲載されますので、特に卒業生の方はぜひ一読ください。

私が株主提案をする理由―日本の資本市場改革の試案も含めて―

日本の資本市場が低迷して久しい。中国やインドの株式市場に20年前に投資をしていれば、非常に高いリターンを得ていたし、北米や欧州の資本市場でも基本的には株価は中長期的には上がるものである一方、日本株インデックスだけが20年間の低迷を続けている。

背景に、日本の上場企業における「企業統治の不在」という構造的欠陥がある。日本の上場企業の経営者は、会社の一株当たり価値を上げ、配当またはキャピタルゲインで株主利益に貢献する能力と動機に乏しいし、この点で社外取締役制度が全く機能していない。日本の家計の年金の運用の大きな部分が日本株で行われているということも考えれば、企業統治の改善により株価の上昇を行うことは、国民的利益に直結する。日本版ERISA法(Employment Retirement Income Security Act:従業員退職所得保障法、米国では73年に制定)により、年金運用を行う機関投資家に議決権の行使を義務付けることも急務であると考える。小生は、全米1位の会社法研究者であるLucian Bebchuk教授のもとで、ハーバード大学法科大学院に留学して帰国した溝渕彰准教授(香川大学法科大学院)など、幾人かの同世代の有志とともに、日本版ERISA法制定を目指すささやかな運動も行っている。2009年8月の政権交代に失望する声は多いが、上場企業の年間1億円以上の役員報酬の個別開示と株主総会の議決権行使結果の開示を10年3月の金融庁により内閣府令で決めたことは、政権交代の成果だと評価することができる。

小生は、もともと祖父兄弟が創業したHOYA株式会社(旧保谷硝子)の2010年6月の株主総会に対して株主提案を行った。2011年6月向け総会でも株主提案を行う予定である。我が国の会社法は、一定要件を満たす株主による株主提案による議題や議案を株主総会の招集通知や参考書類に掲載する義務を課している。2010年には役員報酬の個別開示が特に注目されたが、株主提案の議案説明字数を増加させる提案や、執行役を交えない社外取締役だけで経営会議を年1回以上開催する議案も相当高い賛成票を得たことが、相当の話題となった。ストックオプション所有者に対してコールオプションを売却してプットオプションを所有するなどの方法のヘッジを禁止すること、取締役の株式売却の30日前の事前予告と開示を行うことなどの議案も、議決権行使助言会社世界第一位のISS社の賛成推奨を得た。14歳で大学を卒業し17歳でギネスブックに世界最年少の医者として記録されているインド系アメリカ人で世界第一人者の眼科研究者であるBalamurali
K. Ambati博士(ユタ大学医学部准教授:1977年生まれ)を株主提案の取締役候補としたことや、社外取締役の兼任数の制限や、秘密投票、取締役選任議案における累積投票の採用、公益法人の兼任状況の開示、退職した取締役の報酬の開示、社内インサイダーの取締役議席数の制限なども論点に上っており、世界有数の資産運用会社である当社筆頭株主のキャピタル・リサーチから、定款変更議案14議案中10議案に賛成をいただいたことに勇気づけられた。

なぜ株主提案を始めたかと言えば、どう考えてもおかしいことが公然と放置されていると考えたからだ。過半が75歳を超えている社外取締役構成は常識と照らしてもおかしい。取締役会が「仲良しクラブ」に成り下がってしまっていることが悲しい。実際に、当社においては中興の祖と言われる名誉会長の友人が指名委員会委員長を8年も務めているが、彼らの縁故でしか社外取締役を集めていないという点に問題がある。過半数の社外取締役の年齢が75歳以上というのは、欧米の上場企業としても例がない。会議体チームの能力を上げるには、構成員の多様な背景があるほうがいいはずだ。

もし社外取締役の質や能力が会社の価値にとって重要であるならば、取締役選任議案を株主総会に上程する権限を持つ指名委員会は、相当な費用と労力を使ってでも有能な社外取締役を世界から探してくるべきであり、それを怠っているなら、善管管理義務違反として株主代表訴訟の対象にすらなりうるのである。よく社外取締役の良い人材がいないということをいう人がいるが、彼らの社外取締役を探す方法は、取引銀行や取引先、監査法人、弁護士、経営陣の知人などをあたるというものだ。しかし良い人材を採用するのが難しいのは、何も社外取締役だけではなく、人材採用が難しいからといって採用活動を中止する企業はなく、人材が企業価値の源泉の一つだと考えるからこそ、新卒採用や中途採用、経営幹部の採用に企業は相当な労力と費用をかけるべきなのだ。なぜ社外取締役だけが例外なのか(石田猛行「2011年ISS議決権行使助言方針」商事法務3月5日号No.1925に同見解が紹介されているのでぜひ参考にされたい)。そもそも社外取締役の公募だってしてもいいのである。主要政党でさえ、選挙の候補者発掘に公募をする時代である。年配世代は、自分たちが社外取締役養成の学校でも作って、優秀な後進を養成したらどうか。それこそ東京大学の卒業生の社外取締役は、さつき会(東大女子の卒業生の会)にでも赴いて、女性でも優秀な人材を探したらどうか。

社外取締役が執行役側のいいなりになっており、取締役会が「社外取締役も納得したという大義名分を与えるだけの存在」とまで雑誌記事で酷評されるようになっているのは悲しい。委員会設置会社になった2003年以降に特に株価が低迷している。社外取締役は名誉職ではなく、企業価値の上昇のための相当の時間と労力を使って、時には頭脳労働をして、株主価値の増加に真剣になるべきで、他社の最高経営責任者を務める人物が6社も社外役員のポストを兼任し、かつ公益法人のポストを20も兼任したりすることに違和感を覚えるのは小生だけでなく、株主総会当日の質疑でも、若い女性など同世代の複数の株主から同じような疑問が投げかけられていた。当社は80年代までの技術研究開発成果により、日本経済が低迷する90年代に株価が4倍になるなど世界でも有数の高資本効率の材料科学メーカーとなることができた。半導体や液晶パネルの製造に使われるフォトマスクやマスクブランクス、HDD用ガラス基板の事業はほぼ独占ないし寡占であり、高い利益率を誇った。それが2000年代になると、買収失敗や10年間まったく研究開発成果がないことにより、株価が低迷している。高齢化社会の進展により眼科領域は世界的にも高い市場成長率を持っているが、眼内レンズという商品を持っているのに、まったく生かし切れていない。集中と選択により、材料科学と眼科というもともとの事業領域に戻って、今後の戦略を練っていくべきだと考えている。技術開発の失敗の痛手は、日本経済の失われた10年と重なるかのようである。

2010年から独立性のない監査役候補者や委員会設置会社の社外取締役候補者に反対を推奨する議決権行使助言会社のポリシーと相まって、社外役員の独立性が注目されているが、株価のアップサイドを支えるのにおそらく一番重要なことは、取締役個人の利益を株主の利益になるべく一致させるインセンティブ構造を設計することだ。HOYAの例をとってみても、社外取締役は取締役報酬と比べて一部の株式保有しかしておらず、株価を上げるインセンティブに乏しく、それより最高執行役らと仲良くして取締役としての再任を狙うという行動原理をとっていることは明らかだ。米国企業では、取締役は一定の株式を継続的に取得していくことが求められていることが多いし、当社が最も成長した90年代には小生の伯父である会長が他の取締役に個人保証をして積極的に株を買わせていた。日本企業の問題の一つは、経営陣や取締役の自社株保有が少ないこと、株価が下がっても懐はほとんど痛まないので、エイジェンシー・コストが多大に発生しているという問題だ。

実際にアメリカの大リーグの監督はシーズン途中での解任もあるし、競争メカニズムが働いていると解釈できるが、日本で経営トップの解任はほとんどない。本来あるべき競争原理が十分に働いていないことを示している。ただし近年になってオリンパスや日本板硝子、日産自動車など、日本企業でも外国人の経営トップが出てくるようになってきたことは注目してよい。ERISA法が重要なのは、年金受託者となった運用者に株主のための議決権行使を実質義務付ける効果があるからである。なおどこまでが法整備が必要で、どこまでが大臣命令(本ケースでは厚生労働大臣)による省令で可能かは、仲間内でも議論がある。2010年のHOYAの総会での事例でも、米国の機関投資家はERISA法によって議決権行使を義務付けられているので、企業統治を改善することで中長期的株主価値を増加させると見込まれる定款変更議案には賛成票を投じる傾向にあった。一方日本の投資信託などでも近年は受託者責任が強調されているので、議決権行使ガイドラインに従って議決権行使を行うようになってきているが、日本の大手銀行の政策保有株式や企業間の持ち合い株、相互会社となっている生命保険会社や農林系金融機関については、まだまだ遅れているというのが実情だ。日本版ERISA法は、これら課題を一気に改善する可能性のある資本市場のウルトラCであることを、政策担当者になるべく伝えたい。社外取締役の候補者についても、株主価値を増大させる優秀な人材であれば高い給料を払っても株主からみれば何ら不満はないが、無能でやる気のない候補者には、その過去のパフォーマンスに基づいて反対票を投じることもあってしかるべきだ。11年前に米アップルに投資していれば、株価は20倍だ。日本版ERISA法は、健全な競争原理により、日本の上場企業にスティーブ・ジョブズのようなスーパー経営者を一人でも増やすための改革である。

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