2011年7月23日土曜日

日本版ERISA法制定の必要性と議決権行使について

以下、日本版ERISA法(従業員退職所得保障法)の概略を提示します。なお本件に関して助言を受けたい政策担当者(当然ながら衆参の国会議員も含む)は、ぜひ小生の電子メール(yy2248[at]columbia.edu [at]を@に変えてください)まで、ご遠慮なくご連絡ください。

     日本版ERISA法制定の必要性と議決権行使について

国民の最大の政治的関心事は、年金問題である。日本人の年金資産のかなりの部分が日本株等で運用されていることを考慮すると、労働者・年金受給者の受益権の保護を明文化し、資本市場の効率化を行う政策を採用することが、極めて重要である。

また、年金受託者(運用会社等)に対して、受益者の利益になるための株主総会での議決権行使を義務付けることが重要だと考える。日本の富を増やす構造改革のための、社会的なインフラ整備の一環である。

1. 現状

大前提として、日本の株式市場は、過去10年間あるいは20年間で、先進国中最低のパフォーマンスを記録しているという事実が存在する。年金の少なからぬ部分が日本株で運用されている現実を考えると、日本の株式市場(=資本市場)を活性化することは、日本人の年金資産を守り増やすために、非常に重要なことである。このため、日本の株式市場に於いて、経営者や取締役が株主の利益を考慮して行動する様な規律を導入することが、決定的に重要である。
しかしながら、米国に於いては、後述のように、年金資産の運用に於いて、その保有株式の議決権行使のガイドラインが受託者責任の観点から厳格に定められているのに対して、日本に於いては、法令上の規定は存在しない。

2. 日本版ERISA法の制定

従って、日本版ERISA法を制定する必要がある。
内容は、米国版ERISA法(後述)と同様なものが望ましいが、日本に特有の問題として、生命保険会社の一般勘定の存在がある。一般勘定資産も、その運用成果次第で保険契約者の受取る配当が異なってくるという点に於いては、年金資産と同様な性格を持つと言える。しかしながら、現実には、一般勘定の資産を用いて生命保険会社が行っている株式投資に於いては、生命保険会社はそれらの株式を基本的には政策投資として扱っており、契約者の利益は無視されているのが実情である。従って、日本版ERISA法の制定に際しては、生命保険会社の一般勘定もその対象に含めることが必要である。

3. ERISA法とは

米国で1974年に制定された従業員退職所得保証法(ERISA:Employee Retirement Income Security Act of 1974)の通称。企業の退職給付制度を包括的に規制する連邦法。
受給権の保護を最大の目的としている。具体的内容として、加入資格・受給権付与の基準、情報の開示、最低積立基準の設定、受託者責任の明確化と強化、制度終了保険などが導入された。

4. ERISA法で定める受託者責任について

ERISA法第404条に於いては、受託者の忠実義務を以下の様に定めている。

(1)(前略)受託者(fiduciary)はもっぱら加入員および受益者の利益のために以下のように、制度に関する義務を果たさなければならない。
(A)下記のみを目的とすること
(ⅰ)加入員および受益者に給付を行うこと
(ⅱ)制度管理のために合理的な経費を支出すること
(B)当該状況下で、同様の立場で行動し同様の事項に精通している思慮深い人(a prudent man)が同様の性格および目的を有する事業の運営にあたり行使するであろう注意、技量、思慮深さおよび勤勉さ(the care, skill, prudence, and diligence)を用いること。
(以下略)

5. 受託者責任と議決権行使の関係について

ERISA法で定める受託者の忠実義務に、年金資産で保有する株式の議決権を適正に行使することも含まれることが、1988年に化粧品大手エイボンの年金基金の受託者に対して米労働省から出された所謂「エイボン・レター」に於いて明確化された。エイボン・レターのポイントは以下の通りである。

①議決権行使と受託者責任との関係
・年金基金が保有する株式の議決権の行使は、受託者がなすべき資産運用行為に含まれる。
②議決権行使に関する権限と責任
・投資顧問会社等の運用機関に投資を委任した場合には、もっぱら運用機関議決権
行使の義務と責任を負う。
・ただし、基金規定に明記しておけば、指名受託者(基金規定で定められた責任者)が議決
権行使権限を留保できる。その場合には、指名受託者がその義務と責任を負う。
・指名受託者は投資顧問会社等の運用機関の議決権行使を監視しなければならない。労働省としては、行使、監視の各行為について、(手続きや基準の)文書化・記録の保存が必要と考える。
③議決権行使の基準
・受託者は、思慮深く、もっぱら加入者の利益ために議決権を行使しなければならない。
つまり、投資の価値に影響を与えるであろう要素を考慮して、加入者の退職所得に関する利益を無関係な事項に劣後させてはならない。

参考文献
『企業年金運営のためのエリサ法ガイド』石黒修一著 中央経済社2008年
『年金資産運用のためのエリサ法ガイド』石黒修一著 中央経済社2003年
『エリサ法の政治史 米国企業年金法の黎明期』ジェイムズ・A・ウーテン著 みずほ年金研究所

2011年7月13日水曜日

年金資産の受給権と企業統治の関係

私たちの年金資産の受給権と企業統治の改善には密接な関係があります。

というのも、日本人の年金資産の相当な部分は、日本株で運用されているので、日本株の運用効率を改善することには大きな国民益があり、それを実現するための手段が、企業統治の改善ということになります。
そして日本の機関投資家に議決権行使をもっとまじめにやらせるために、日本版ERISA法(そして日本版エイボンレター)が必要なのです。日本の機関投資家が、役所や経営者の方を向き、年金の受託者の方を向いていないことことが、大問題です。

実は法律を制定しなくても、議決権行使を受託者責任の一環に入れるには、厚生労働大臣の省令でも可能なのかもしれませんが、東京地裁民事8部の天下り体質を考えると、やはり明確に法律で規定しなくてはいけないと感じています。油断は禁物です。

そのための最大の障害は、中川知子氏?ということかもしれませんが、東京地裁民事8部の裁判官や、法務省民事局官僚の、企業法務を行っている事務所への天下りは、その一つの破壊するべき対象なのかもしれませんね。裁判官が裁判所の人事権を持っている方を向いて、判決をゆがめるようなことが公然と行われているような民事8部が、これからも放置されるとは思いません。

なお民主党政権による政権交代の成果について、内閣府令による上場企業における議決権行使結果の開示と報酬個別開示(ただし現状では年間1億円以上のみ)は、遅ればせながらでも積極的に評価するべきです。次は受託者責任を強化するためにも、日本版ERISA法(従業員退職所得保障法)の立法を実現するべきです。みずほFGの政策保有株式の議決権行使に係る株主提案が30%の支持を集めたことは、世の中の流れがそちらへ動いていることを示す一つの結果だと思います。