2008年4月8日火曜日

HOYAの経営に関する私の文章(2008年1月3日)

以前の文章を転載しておきます。なお誤字脱字等を若干訂正しました。

HOYAの経営課題と事実関係について
2008年1月3日 山中 裕

◆概略

 去年(2007年)の6月ころから、私がHOYAの経営の問題についてどのように考えるか、多くの方からご質問を受けましたが、時間的な制約もあり、すべてのお答えに対応できる余裕がなく、しかしながら、現在HOYAは経営上の曲がり角にあることは明らかで、またなぜHOYAがこのような高収益企業になったか、そして現在どのような問題を抱えているかという点について、HOYAという会社を誤解している方が、機関投資家、個人株主やマスコミ関係者の皆様でさえほとんどだと思いますので、問題意識を広く共有認識していただいて、前向きな議論を誘発することは意義のあることだと考えます。したがって、以下で私の考え方をご説明することにします。

(1) 私の問題提起について

 まず最初に、私の問題提起がどのようなところにあるかを説明します。端的には、現HOYA経営陣が2005年を基準とした場合に、今後10年間で株主価値を大きく伸ばすような経営を行えているかという点です。共に画像処理をメインの事業にしてきた富士フィルムとキャノン。1989年12月時点でのキャノンの時価総額は1兆3000億円、富士フィルムの時価総額は、1兆9000億円でしたが、現在キャノンの時価総額は8兆円強、富士フィルムの時価総額は2兆円あまりにすぎず、3倍以上の差がついてしまっています(この例は、岩崎日出俊氏の『投資銀行日本に大変化が起こる』(PHP研究所)25ページを参考にしました。この本はすばらしい本ですので、興味のある方はお読みになることをお薦めします。以下では、いくつかの例を岩崎氏の著書から引用します)。

 HOYAは確かに1990年から2005年までの株価成長率は年間15%を超えていましたが、ここ直近2年間の上昇率は日経平均すら下回っています。現在のHOYAの時価総額は約1兆5000億円ですが、2015年や2020年までに、1989年から2005年までの富士フィルムとキャノンのどちらのシナリオになるかといえば、キャノンのように業績が伸びるとは資本市場で評価されておらず、その結果として、HOYAが大スポンサーの日本経済新聞からさえも、「最近二年間の株価の伸び悩みを見ると、投資家の成長期待に十分応えているとは言い難い面もある」と言及されるにいたっています。

 なぜこのような資本市場の評価を受けるにいたったかというと、①現在の主力事業の将来性が明るくない。成長性が低く、長期的に減益の可能性すら強い、②新規事業の創出実績がなく、その見通しもない、という2点に集約されます。①については、以下で詳しく述べますが、まず稼ぎ頭のHDD用のガラス磁気ディスク事業の市場が、フラッシュメモリーという代替品に5年以内に取って代わられる可能性が強いこと、第二にフォトマスク事業の競争環境が趨勢的に悪化しており、成長が見込めないこと、それらを補う事業ポートフォリオ転換を実現できていないことが原因です。②については、現在のHOYAの主力事業は、70年代に獲得したガラス研磨技術の応用であり、すべてが80年代後半までに創出されたもので、いくつかの理由により90年代以降は新規事業の創出実績がないこと、特に余剰資金の再投資先が明らかな課題とされた2000年代以降に経営陣による成果がまったくないことが理由になります。株価は短期では市場での需要や思惑によって上下しますが、中長期的には会社の株主価値をある程度正確に反映するものですから、ここ2年の株価の伸び悩みは、重要な課題を経営陣に提起しているといえます。1990年までに新規事業を創出し、90年代に成長事業に重点投資をしたHOYAの株価は、仮に日経平均の動きに関わらず、2005年までの15年間に高いパフォーマンスを創出しましたが、今のHOYAの経営では、これから10年で同様なパフォーマンスを生み出せるでしょうか。

 IBMのガースナー前会長は、ハードからソフトへの事業転換を、投資銀行を使いこなして年間平均10件近くのM&Aを行い、ロータスやチボリなどの数多くの優良ソフトウェア会社を次々に買収して、在任中に株主価値を10倍、時価総額15兆円に高めました(岩崎氏著書39ページより)。HOYAにとっては70年代に獲得したガラス研磨技術は現在の事業を作り上げたコアとなる技術ですが、もうこの技術に頼ってはいられません。事業構造を転換し、再び株主価値を大きく創出するような経営を行わなければいけないのに、5年近く課題が放置されているのが実情です。

(2) HOYAが高収益企業になったからくりについて

 どのようにしてHOYAはROAが一部上場企業でトップ級の高収益企業になったかについて、ほとんどの皆さんは誤解しています。HOYAは社外取締役が過半数を占めるなど、いくつかの点で特長のある点がありますが、決して「社外役員が過半数だから」「ガバナンスが先端的だから」「CEOが若いから」「財務が優れているから」、高収益企業になったわけではないのです。高収益企業になった最大の秘密(からくり)は、1970年代に非常に差別性があり、つまりほかの会社が参入しようとしても容易ではない、かつ市場での応用性がある(つまり現在の事業を作り上げることのプラットフォームとなる)ガラス研磨技術を、偶然と幸運もあり、獲得できた点にあります。関連して、現在の事業は実ににすべて、80年代までに作られたものであり、90年代以降には、実効性のある形で、買収にせよ、社内のR&Dにせよ、新規事業の創出に成功したことはないという事情もあります。

 主力事業のうち、ガラス磁気ディスク基板事業、フォトマスク事業、ブランクス事業の稼ぎ頭トップ3はいずれも、ガラス研磨技術の応用商品であり、この3事業で現在収益の7,8割稼いでいます。HOYAの創業事業はクリスタル事業、2番目がめがねレンズ事業です。90年代に当時の主力事業であるめがねレンズ事業から発生するキャッシュを、80年代までに獲得したガラス研磨技術に基づいて、新規事業開発がなされていたオプトエレクトロニクス事業に果敢に再投資し、大きく育て上げたから、現在のHOYAがあります。ナノレベルのガラス研磨という技術は、30年近い社内でのノウハウ等の蓄積があり、他社にはまねが簡単にはできず、したがってその商品は市場シェアが必然的に高いので高い収益をあげられ、しかも一旦確立した優位性を維持するための技術開発への再投資がさほど必要ないという特性があるので高い資本効率が実現しているにすぎません。このような技術特性を持つ応用商品の市場が、半導体産業の発展と平行して規模が拡大していったから、私の祖父兄弟が知多半島から出てきてはじめた保谷市(現在の西東京市)の片田舎のガラス工場が、経常利益1000億円以上の会社になったのです。従って、他の会社でも社外役員を過半数にしたり、CEOを若くしたり、財務を革新的にしたら、ROAが20%を超える数百億円の利益を生む事業部をいくつか作れるかというと、それは違います。一般に、企業経営は「きちんとした理論的なバックボーンと、それに基づく戦略のもとに、M&Aや資金調達、設備投資を展開していけば、企業価値は向上していく」(岩崎氏著書208ページ)ものですが、HOYAの場合は、幸運の結果もあって30年以上前に獲得したガラス研磨技術の応用を軸に、適切な事業選択と再投資がされていったから大きく成長することができたのです。

 逆に言うと、社外役員が過半数でも、CEOが若くても、財務が革新的でも、必要な設備投資がされなかったり、有望な(内部外部を問わず)事業機会に投資がされなかったり、割高な企業買収を行ったり、本業とは関係がなく優位性のない事業にお金を無駄につかったりしたら、会社はそれ以上成長しないでしょう。いまのHOYAは後者のような状況にあります。従って、ここ15年のHOYAが優れた会社に見えていたとしても、実際の経営に対する評価は(特に2000年以降について)、ガラス研磨技術の圧倒的な優位性という過去の遺産に胡坐をかいてなにもせずに、いざフラッシュメモリーの脅威でガラス磁気ディスク基盤事業が脅かされるなど、成長性に疑問がついてしまった今になって、何をしていいのかよくわかっていない小田原評定化しているという評価が適切だと思われます。

 言い換えると、HOYAのガラス研磨技術はそれだけ圧倒的に優位性があるものだったのです。2度と簡単に手に入るような技術ではありません。ガラス研磨技術の優位性は、経営陣の無能力、戦略やビジョンの欠如、投資銀行の使い方の無知、オペレーションの無能などのそれらディスアドバンテージをすべて補っても余りあるくらいの圧倒的なものでした。しかしながら、セラミックスの領域でも、陶磁器の分野は今後も応用が見込まれますので、例えば森村グループの会社(日本ガイシ、TOTO、日本特殊陶業、ノリタケ)は軒並み最高益に近い状況を更新していますが、ガラスの分野はさして将来性がなく、ガラス研磨にしか優位性のないHOYAの将来性は比較して暗いといわざるをえまえん。

(3) 5年以上も前から新事業育成が急務だったHOYAの経営

 主力事業の見通しが順調な会社であれば、新規事業の必要性は相対的には高くありません。例えば、キャノンのカメラ、複写機、プリンターの主力3事業は、今後5年から10年で大きく崩れる可能性はおそらくないでしょうから。しかしHOYAの場合は、ガラス磁気ディスク基盤事業は、代替品のフラッシュメモリーが台頭し、中長期のいつかは代替するということは、実に事業を始めた80年代後半の時点でさえ認識されていました。いわんや、2000年代前半では、いまは伸びているが、いずれ10年スパンでは確実に代替されるということは、はっきり分かっており、HOYAの経営課題においては、2000年代前半の時点ですでに、新規事業創出の必要性は、他企業と比較しても、非常に高かったといえます。鈴木洋最高執行役自身が2004年のアニュアルレポートにて、「(余剰資金を自己株式の取得や配当金増額により還元する)資本配当政策だけでなく、中長期での成長力を見越した需要を満足させる事業への投資が後手にならないよう、従来の収益構造とは異なる投資が後手にならないよう、従来の収益構造とは異なる(事業)ポートフォリオへと変えていかなければならないと考えています。そのためには新規事業の取得・発掘が必須の条件になります。従来から懸案となっていますこの課題に関しては、今後も取り組んでまいります」と述べています。鈴木氏自身が、「従来から懸案となっていますこの課題」と、2004年時点で述べていますので、私の主張は自ずと明らかです。

 ガラス磁気ディスク基盤事業は、HDD業界は高容量化のための垂直磁気方式への新方式への対応に手間取り、2007年度第一四半期の業績が悪化していましたが、より重要な課題は、フラッシュメモリーという代替品が存在することです。現在のHOYAの稼ぎ頭であるガラス磁気ディスク基盤は、主に2.5インチのHDDの基盤に使われています。2.5インチのHDDは、アップル社のヒット商品であるアイポットなどの携帯音楽再生機器や、ノート型のパソコンに掲載されており、HOYAはこの分野で、80%以上の市場シェアを持っています。アルミよりもガラス基板のほうが、衝撃に強く、高容量化にも優れていたために、90年代から急速に普及が進みました。注意深い皆さんはすでにお気がつきかと思いますが、アイポットナノではフラッシュメモリーが掲載されており、HDD(及びその用途のガラス基板)は掲載されていません。フラッシュメモリーは、書き換え回数が有限であるという限界があるために、個人利用でも動画再生のビデオを頻繁にダウンロードしたり、書き換えが頻繁な企業サーバーのデータベースなどの用途には向かないものの、通常のインターネットと電子メールだけのPCユーザーには、起動時間やコスト、高容量化がメリットが大きく、2.5インチHDDの市場の多くは、フラッシュメモリーに5年以内に代替される可能性がほぼ確実と思われています。したがって、この事業は今がピークであり、中期的には大幅に減益になる可能性が強いといえます。いわばHOYAが置かれている状況は、CDが登場する時のレコード針の会社、デジタルカメラが普及する時の写真フィルムの会社と似た状況で、こうなることは5年前から分かっていたことです。

 論理的に考えれば、主力事業の成長率が高いうちに、そして主力事業が大きくキャッシュを出している間に、次の世代の稼ぎ頭を育成する必要性があり、このことは5年前から当然社内関係者には理解されていました。特に2000年代前半に、既存事業外への大きなM&Aや投資が必要だったことは明確です。そのような戦略を実行しなかったために、直近2年間の株価の低迷というコストを株主は甘んじて受けなければならなくなっているわけです。新事業の必要性に対し、7年間もなんら答えを出せなかったことを、まず取締役会は事実認識として受け入れる必要があります。末尾の別紙からも窺い知れるように、HOYAの経営陣は90年代後半以降は、新規事業の創出に成功していないというのが真実です。なお鈴木洋氏は、2003年10月のダイヤモンド誌の辻広雅文編集長(当時)によるインタビューの中で、「この会社は、収益性が高くても成長余力が乏しいことが問題で」、「株主の期待に応えるには、5年くらいのスパンで新しい事業を継ぎ足して、急角度の成長を達成しなくてはならない。それが私の仕事です」と述べています。友人としても、きちんと仕事をしてほしいと思っています。

(4) 1000億円以上のコストを払ったペンタックス社買収がHOYA株主の価値を毀損したことを取締役会は認めるべき

 鈴木洋氏がペンタックス社の創業事業の売却を示唆する発言を行ったことと、その後の経緯については、様々に面白おかしくも取り上げられましたし、発言自体は本人の発言趣旨云々を問わず、買収対象会社に不快に思う人間がいることは明らかなので、不適切だと考えられますし、資本拘束条項を見落として、合併のスキームを発表したのも初歩なミスで論外です。しかしこれら以外にも、きわめて本質的な問題がありますので、そのことについて、言及しておきます。第一に、資本政策についてです。HOYAとペンタックスは、当初は株式交換での合併を方針としました。MBAの1学期のコースで習うように、株主資本はコストの高い資金調達の方法であり、低金利の借り入れが可能で、かつ余剰資金を抱えているわけですから、果たして株式交換での買収がHOYA株主の利益になるかという点がそもそも標準的なMBAのカリキュラムで習うことからして、疑問です。現にその後の騒動勃発以前にも、合併発表後のHOYAの株価は低落していきました(関連して、「GEはなぜソニーを買収しないのか」というコラムを岩崎氏が90ページに書いていますので、そちらを参考にしてください。「HOYAが株式交換でペンタックスを買うことがHOYAの株主利益にかなわないか」と読み替えて、岩崎氏のコラムを読まれることをお勧めします)。HOYA経営陣が、株主の代表者としてのアメリカ型の経営者の標準的な思考方法を理解できていないことを如実にあらわしたと思います。

 第二に、HOYAの企業戦略上、ペンタックス社の買収によって、2015年までに数百億円の利益を出す事業を創出しなければいけないという点です。現在のHOYAは、経常利益で1000億円強であり、ガラス磁気ディスク基盤事業等のダウンサイドを補い、かつ成長率を底上げする(言い換えると1990年から2005年までの年間15%成長、あるいは少なくとも年10%成長を実現する)には、大体2015年までに数百億円、たとえば500億円以上の利益を出すような事業を作り上げる必要があります。15%成長を維持するには、2015年に2000億円の経常利益を出していなければいけません。言い換えると、数十億円の利益では、HOYAの株価に与えるインパクトはほとんど無視されてしまいます。買収が成功と言えるためには、数百億円の利益を出す事業を10年後に作れたかどうか、その見通しを3、4年以内に株主に示すことが必要です。このような思考方法を、北米の株主資本主義の洗礼を受けた経営者は行います。

 従って、2007年5月28日の日経ビジネスの記事「HOYA、TOB後の『試練』」という記事の末尾部分に、私は疑問を持ちます。鈴木洋氏は2007年5月末での記者会見で、「カメラ事業は存続する。ただ、量を追っても将来性はない。ニコンやキャノンを追うことは考えていない。小さいながら輝くカメラメーカーになる必要がある」と述べています。これはHOYAのカメラ事業は、K10DやK100Dの動向如何(かりにペンタックス統合後に非常にうまく経営ができたとしても)に関わらず、数百億円の利益を創出する事業領域としては、対象外であることを意味しています。同様に、同記事末尾にあるような内視鏡事業の展開の可能性でも、数百億円の事業を創出する事業分野にはなりにくいと思います。まとめると、「数百億円の利益を出す事業を10年後に作れたかどうか、その見通しを(少なくとも)3、4年以内に株主に示すこと」がポイントなのです。詳細はここでは割愛しますが、その他の方法をもってしても、内視鏡分野でHOYAが数百億円の利益を創出する事業を創出できる可能性は、現状ではゼロに近いと考えられます。従って、1000億円以上のコストをかけた事業戦略としては、常識的に考えて合格点はつけられず、それが株価の下落という評価を受けている理由です。以上の点を取締役会は早く認識して、本当に株主のためになる経営を行わなければいけないでしょう。

(5) HOYAの経営陣の認識には、何が足りないか。どういう側面が、株主に対して誠実ではないか。

 以上である程度述べたように、現在のHOYA経営陣は、株主利益を実現するための基本的な思考ができていないません。ガラス研磨技術の応用に頼ってきた今までの事業ポートフォリオには限界があることをまず認めて、価値の創造を行う正しい方法を認識し、実行するべきです。私が問題だと思うのは、鈴木洋最高執行役の姿勢です。鈴木洋氏は先に引用したダイヤモンド誌のインタビューの中で、辻広氏の「米国の社長時代、ベンチャーへ積極投資しましたね」という質問に対して、「ためになったのは、ベンチャーキャピタルやコンサルタントと一緒に取締役としてベンチャー経営にかかわったことです。それまでの仕事は、HOYAという枠組みの一部にすぎなかった。しかし、ベンチャーは野原にポツンといるのに似て、どこへでも動ける。選択の幅がすごくある。業態転換、撤退、大リストラ、合併、なんでもあり。でありながら、5年先のビジョンはある。非常に異質なおもしろい経験でした」などと述べています。しかしながらこのころ、鈴木氏が主導して行った投資活動は、10社あまりすべて破産したのが実態で、失敗から何も学んでいないこともあるが、このような株主利益に損害を与えた投資行動があったにもかかわらず、あたかも先端的なベンチャー投資を行っているかのような印象を無責任に株主に与えているのは不誠実です。そもそもこの時期から現在に至るまでの間、新事業の創出に成功していないから、株価の伸び悩みというコストを株主は現在払っているわけで、きちんと反省して、自分に何が足りなかったか真剣に考えるべきです。

 なおHOYAは2004年にMITのCardinal Warde教授らが設立したRadiant Imagesという会社を買収していますが、それに関する意思決定の経緯は、株主にまともに説明できるようなものではなかった模様で、鈴木氏らは同様の過ちを繰り返しています。外部の企業を買収して会社を成長させるための、確固としたディシプリンに基づいて経営を行っていないからこのような結果が繰り返されます。

 外部の技術をM&Aによって獲得することで株主価値を創出することは可能です。一例をあげると、内視鏡手術器、使い捨てコンタクトレンズ、携帯血糖値測定器などの事業を獲得してきたジョンドン・アンド・ジョンソンや、ロータスなどのソフトウェア会社を買収してきたIBMです。このためには、情報収集において投資銀行をフル活用するなどの経営上の手腕が必要になりますが、鈴木洋氏にはその実績がなく、自分に何が足りないかもよく認識していないと言えます。鈴木氏は2007年6月5日配信のロイターのインタビューの中で、「内視鏡と周辺機器を組み合わせて、そうした特定の領域で診断から治療までを可能にするような事業を展開したい」として、「外部と組み合わせることになるだろう。M&Aもあるだろうし、ベンチャーを買収したり、ライセンスを受けるなど、いろんな枠組みがある」と述べています。しかしながら、鈴木氏には外部の会社を買収したり、ライセンスを受けることで企業価値を創出してきた実績が残念ながらありません。

 「HOYAは案外、技術力がなく、自ら新事業を手がけるよりも、M&Aをした方が手っ取り早かった」と書かれたことがあります。よくよく財務関係の書類を見ていただけば分かるように、HOYAは30億円程度しか新規分野のR&Dに予算がありません。アメリカでもマイクロソフト、インテル、グーグルのような会社は膨大な金額を社内の技術開発に費やしていますが、シスコ・システムズのように社内でのR&Dを行わず、外部からの導入に依存する会社もあります。そのためには、外部技術の評価能力や買収後の経営能力などが必要とされるのですが、HOYAの経営陣は社内の技術研究開発にお金をかけていない上に、M&Aで外部技術を獲得して新事業を創出する能力を持っているとはいえませんので、問題です。

◆最後にQ&A

Q1 HOYAに技術力はあるか?

 この答えは私ならばこのように答えます。1970年代に獲得したガラス研磨技術の優位性は圧倒的である。したがって、マスクブランクス事業、ガラス磁気ディスク事業は他社の参入が難しいので、利益率が高い。(若干語弊があるが)その他の領域での技術優位性はほとんどないといってもよいので、たとえば日本板硝子との合弁の子会社だったNHテクノグラス社はガラス研磨とは別の領域なので、優位性をもてなかった。

Q2 ほかの創業家のメンバーに言いたいことは?

 私はいわいる事業家家系に生まれましたので、似たような境遇の人たちと幼少期より付き合いがありますが、日本のほかの事業を営む家系と比べても、私の親族は教育水準が低すぎると断言できます。現在は経済が右肩上がりの高度成長期と比較して、経営判断に必要とされる知識が複雑化しており、経営者にとって情報処理の能力が非常に重要になっていますので、一般論としては、2世3世でも経営者になろうという人間は、きちんと大学の学部時代にも勉強してコアとなる知識を身につけて、海外のトップのビジネス・スクールのMBA(経営学修士号)くらいは持っていたほうがいい。HOYAは技術を基礎とする会社だから、学部の選考もどちらかというと理系のほうがいいでしょう。留学先の大学を成績不良で中退というのは論外。倅を後継者にするのならば、周囲は机にかじりついてでも勉強させるべきで、それに耐えられないのならば、機関投資家のお金を預かって経営している会社の後継者は別の人(例えば任天堂の岩田聡社長のようなプロ経営者)にしなくてはいけない。大学院や大学で得られるネットワークも重要なので、小学生時代からそのような人脈ができるように本人に努力させるべきです。たとえば明治時代から世界でノリタケの陶磁器を売っていた老舗商社の経営者である森村さん一族がもっているような国際的なネットワークを、私の親族は持っていません。HOYAは眼科というすばらしい事業分野を持っているのに持ち腐れになっており、第二の任天堂になれる可能性があるのですが、そのような可能性が未実現なのは、経営者の能力の問題です。

 もちろん事業家の家に生まれたとしても、企業経営者になる必要はなく、パリス・ヒルトン姉妹のように芸能界で成功するとか、森敬さん(森ビル創業者の森泰吉郎氏の長男、元慶応大学理工学部教授)のように、学術界に入って活躍して、家業との関わりはアドバイスを与えるという関係にするということもありうる。しかし私たちのような境遇に生まれることは、幼少のときより事業というものを肌で感じることができ、学生時代から先輩の経営者の方々と接することができるなど、非常に有利な側面がありますので、それを生かせるかどうかは本人次第です。ただし組織上多くの人の上に立つということのために、周囲がついてくるための正統性を確保するためには、若いときからそれなりの覚悟があったことを、何らかの実績で示すべきでしょう。そうでなければ、経営を継ぐべきでも継がすべきでもありません。配当生活をしていれば生活には困らないでしょうから、周囲に損害を与えないようにすべきです。

HOYAの各事業が作られた年代:めがねレンズとクリスタルは、70年代以前に基礎が作られ、70年代にガラス研磨技術の応用としてブランクス事業が創出された。80年代にフォトマスク事業、ガラス磁気ディスク事業、オプティクス事業、眼内レンズ事業と現在の主力事業のほとんどが創出されたが、90年代以降は新事業が創出されていない。

0 件のコメント: