付記1:私の大学改革とサイエンスに関する未完成原稿をあげておきます。参考までに。無断引用は禁止しますので、引用する場合は、きちんと出展を明らかにしてください。 なお以下で述べることの一部は、私の独自の理論と言うよりは、北米ではある程度知られていることにすぎません。
付記2:日本人のビジネスマン・ビジネスウーマンの間ではよく知られていないけれども、北米では常識となっていることに関して比較的よくカバーされている入門書としては、岩瀬大輔氏の『ハーバードMBA留学記 資本主義の士官学校にて』(日経BP社:2006年)がお薦めです。またよりよくアメリカ社会のあり方や、その歴史的背景を知るためには、私のイチオシの書である小林由美氏による『超・格差社会アメリカの真実』(日経BP社:2006年)があります。 北米の科学者社会については、生田哲氏による『サイエンティストを目指す大学院留学―アメリカの博士課程で学ぶ最先端のサイエンス・テクノロジー』(アルク:1995年)があります。弁護士の石角完爾氏による『アメリカのスーパーエリート教育―「独創」力とリーダーシップを育てる全寮制学校(ボーディングスクール)』(ジャパンタイムズ:2000年)は、高校までの教育についての良い解説書です。 立花隆氏と利根川進博士による『精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』(文春文庫:1993年)も、科学者の世界を知るには必読の文献。岸宜仁氏の『異脳」流出―独創性を殺す日本というシステム』(ダイヤモンド社:2002年)も、具体的に在北米の研究者について取材しており、面白いと言えます。
付記3:アメリカの大学では、インターネットのオン・デマンド放送を利用して、社会人等を対象とした遠隔地教育(有料)を行うようになってきています。例えば、コロンビア大学工学部はColumbia Video Networkと称したプログラムにより、科目の受講と修士号の取得が可能になっていますし、学位取得とは関係なく授業を受講できますし、ハーバード大学の提供するHarvard University Extension Schoolというプログラムにより、科目履修や学位取得(学士号、修士号など)を行うこともできます。北米の名門大学の教授方法が分かりますし、電子メールベースですが日本からでも教授と親しくなれるし、履修すれば成績証明を発行してもらえますし、推薦状を書いてもらえますので、もし海外の大学に願書出願する時には大いにプラスとなります。以下の文章を読んでピンと来ない方も、北米の大学の授業のやり方が分かるし、多くの方にとって、一見の価値ありと思います。
『アメリカのサイエンスは、なぜ強いのか』(仮題)
2008年9月26日 山中 裕
1. 世界的な軍事覇権戦略と不可分なアメリカの科学的な優位性
結論として一つ重要なことを指摘しておきます。それは、アメリカの国としての覇権戦略上、軍事的な圧倒的な優位性を維持するということが、不可欠な要素であり、このこととアメリカの科学(サイエンス)が(日本、欧州などの他国との比較において)優れていることは、密接な関係があるということです。言い換えると、米国の科学技術政策において、軍事技術的な優位性を確保し、維持するという使命が、不可欠かつもっとも重要な構成要素としてあるということです。
比較して、講座制という明治時代に大学が欧米の科学技術にキャッチアップするために作られたシステムが、現在も温存され、そして一部の人たちの既得権化していることが、日本の科学、しいては経済成長や軍事戦略にとってでさえ、大きな問題となっています。
以前、世界の覇権国は英国でした。英国が19世紀に覇権国となり、世界を植民地化できたのは、卓越した海軍力をもったことであるというのが、現在の歴史学の標準的な見解です(言いかえると、産業革命やそれに伴う経済大国化は別の話であるということです)。ところが20世紀の初頭、第一次世界大戦期になると、海軍力に代わって空軍力が軍事的な優位性を持つために、もっとも重要な要素となり、ちょうど時を同じくして米国が世界の覇権国になったのです。第二次世界大戦後は、ソ連圏との対立という側面がありましたが、90年初頭に冷戦の終結をもって、現在空軍力で米国に比する国は、ほかには存在しないといえます。
世界で最強の空軍力、そして軍事力を持つためには、世界で最先端のサイエンスを米国国内に持つ必要があります。このことにアメリカは成功したために、軍事的な優位を達成することができたのです。とりあえず空軍などの軍隊を派遣して戦争をすれば、アメリカ軍が制空権をとって自由にほとんど一方的な爆撃を行える程度の優位性(これをもって圧倒的な軍事的な優位性といってもよい)は、いまだに維持しています。世界でこの側面の軍事的な優位性に関して、対抗しうる国は今のところ、存在しません。もちろんそのことは、占領後の統治ができること(現在イラクで問題になっている)、あるいはそのためのお金が続くこと(イラク戦争と駐留や、アフガニスタンでの戦費について、アメリカの財政を圧迫しており、いつまで続くかという懸念が出ています)、あるいは他の先進国と協調した方がアメリカとしての国益になるか、などの重要論点とは別の問題ですが。
日米のサイエンスの差に関しては、すでに多くの科学者やジャーナリストが断片的には様々な指摘をしていますが、従来あまり言われてこなかったこと、すなわちサイエンスにおける優位性と、軍事的な優位性が、まず切っても切れない関係にあることを、まず指摘しておきます。 本当は時代遅れの講座制の問題や大学院教育の不備の問題を、国防族議員(石破茂氏や武見敬三氏、前原誠司氏など)に理解してもらうロビー活動をするべきなのかもしれません。
2. ハーバード大学は、運用資産3兆円強の機関投資家
世界でも屈指の名門大学とされるハーバード大学は、運用資産3兆円強の機関投資家です。その他の名門大学であるエール大学や、プリンストン大学なども、それらに続く規模の運用資産を持っています。これらの大学は、授業料収入や寄付金、病院経営などからなる収益を大学基金で運用し、年間10%を超える運用利回り(実際には20%近くである)を実現しています。3兆円強の運用資産があり利回りが年間15%とすると、1年で少なくとも4500億円ものの運用利回りが出ることになるのです。これだけのお金を運用によって生み出すことができれば、学部学生の授業料をただにすることもできるし、ノーベル賞学者を引き抜くなど、世界中から優秀な学生を集めることができます。
ボストンの大リーグ球団ボストン・レッドソックスがドミニカ共和国のDavid Ortiz指名打者、プエルトリコ出身のMike Lowell三塁手、日本出身の松坂大輔投手、岡島秀樹選手らを集めて、良好な成績を収めているのと同じように、ハーバード大学やMITなどの名門大学は、お金の力ももって、最優秀の学生(とりわけ大学院生)に奨学金を出したり、優秀な教授陣を、世界中から集めているのです。このようなしくみによれば、優れた研究者と大学院生によって、さらにすぐれた研究成果を出し続けることもできるし、その一部は大学の知的所有権としてさらに大学の収入に結びつけることができるのです。日本の大学経営とは本質的に発想が違うわけで、摩訶不思議な規制で大学経営をがんじがらめにしている文部科学省や財務省は、罪深き存在なのです。
大学基金の運用先としては、エマージング市場の株式や債券、不動産投資(REITを含む)、森林開発など、手法も多岐にわたり、とりわけ代替投資(Alternative Investments)と言われる分野の活用が不可欠となっています。そう、プライベート・エクイティー・ファンドやヘッジファンドに80年代からいち早く投資をしはじめた機関投資家のひとつが大学基金なのです。代替投資に関しては、一般向け世界最初の解説書である渋澤健氏(元ムーア・キャピタル在日代表)の名著『これがオルタナティブ投資だ!―ヘッジファンドからリートまで「超アクティブ運用」のすべて』(実日ビジネス :2006年出版)をご参考にしてください。ここでいう代替という意味は、伝統的な市場の動向とは独立な資産クラスということです。株式市場が好況であろうが、不況であろうが、常にコンスタントに一定の収益を実現することを狙っているということです。さらに大学基金の運用に関しては、エール大学基金のスター運用者であるDavid Swensen氏の著書『勝者のポートフォリオ運用―投資政策からオルタナティブ投資まで』(金融財政事情研究会 :2003年出版)が、お勧めの文献です。
なぜ大学基金が代替投資にいち早く投資していったかと言う点については、いくつかの理由があげられます。まず第一に経済学者やファイナンス学者が学術的な観点から、代替投資の経済的機能について正しい認識をもっていたことがあげられます(ファンドと聞いて、すぐに「剥げタカ」扱いしている、某国のマスコミや経営者諸氏は、30年以上も遅れているのです)。経済学者として代表的には、例えばエール大学のノーベル賞経済学者の故James Tobin教授(トービンのq理論の提唱者、そのほか業績多数)、ファイナンス学者として代表的には、シカゴ大学のEugene F. Fama教授(市場効率仮説理論の確立者)などを念頭においていただければと思います。 なお先のDavid Swensen氏は、故James Tobin博士のもとで経済学博士号を取得した後、リーマン・ブラザーズでの勤務経験を経て、エール大学基金の運用者(Chief Investment Officer)に就任していますし、吉川洋氏(東京大学教授、社会保険国民会議座長)とは兄弟弟子ということになります。
第二に、非営利団体である北米の著名大学は、ガバナンスが優れて、理事会のメンバーからの助言を有効に使ってきたという点です。某国の独立行政法人化以前の国立大学が教授会という既得権組織によって運営されていたのと異なり、トラスティー(trustee)からなる理事会が、営利会社で言うところの取締役会と同様の機能を果たしています。trusteeになるのは、一般的に経済的にもともと裕福な家系出身のものや、あるいは起業家として成功したりした自分の資産保全や運用にも熱心な人たちが多く、出身大学を財政的に良くするために当然自分たちの行っている資産運用と同じことをしようという発想を推し進めることができたのです。例えばコロンビア大学の理事会やプリンストン大学の理事会の構成メンバーがどのような人か、該当するホームページを見ていただければと思うのですが、金融関係の卒業生が少なからずいることに気がつきます。メンバーも卒業学部やその後の職業からしても多岐にわたっており、人種や性別、出身国なども考慮されています。プリンストン大学の理事会を見ると、2005年、2006年、2007年、2008年卒業年次の卒業生も理事に選ばれていますので、幅広く年齢も考慮されていること(つまり20代の年齢の卒業生の意見も反映されるようにされていること)が分かります。なおグーグル社のCEOであるEric Schmidt氏(元Novell社CEOでもあり、サンマイクロシステムズの最高技術責任者でもあった)も、かつてプリンストン大学の理事でした。
なお余談ですが、キッコーマンの茂木友三郎会長(HOYA株式会社の社外取締役でもある)は、コロンビア大学の卒業生であり、黄色人種ではじめてアイビーリーグの大学のTrusteeになった方、コロンビア大学のような名門大学でTrusteeになるのは大変名誉なこととされています。HOYAの現在のような経営を放置されていることは、晩節を汚すことになっていると、私は残念でなりません。 また某国の多くの企業の社外取締役が仲良しクラブとなっているのに対して、trusteeは癒着を防ぐために任期制であり、一定の任期以上になると退任するのが慣例です。
第三に、北米の私的財団には5%ルールというべき、所有資産の5%を年間で必ず使っていかなければならないというルールがあり、運用が市況に左右されないように5%以上基金総額を増やしていく手法(=まさに代替投資の醍醐味である)に対して、はっきりとしたニーズがあったことが重要です。大学関係者と財団関係者は実際に重なりますから、私的財団での発想が、同じく非営利団体である私立大学の経営にも影響したのです。
東京大学は、本郷と駒場のキャンパスのほかに、柏キャンパス、スーパーカミカンデ、白金台にある医科学研究所や、北海道の原生林(農学生命科学研究科附属演習林)、農学部の研究施設である田無キャンパス、理学部研究科付属の小石川植物園などを所有していますので、資産だけでも1兆円は下らないと思いますので、しっかりした運用者がいれば、資産だけでも相当のキャッシュ・フローを生むことができますし、本当にもったいないと思います。「人間は実業でのみ光るもの」などという戯言を言っている旧世代の大学関係者は、世界を知るべきです。
3.応用研究を動機付けられる北米の研究者
例えば北米の経済学というものは、学問的な文化的風土として、明らかに「実際に政策やビジネス上の実用性がある(役に立つ)」ことを、基本的な価値としています。このことは歴史的な成り立ちからいっても明らかで、第二次世界大戦中にオペレーション・リサーチの手法などが現実の問題に研究、応用されてたりしていく一つの契機となりました。著名な経済学者であるケネス・ガルブレイズは、戦時中に物価局(Office of Price Administration)の副局長として戦時インフレ抑止に活躍していますし、同じくポール・サミュエルソンはthe National Resources Planning Board(完全雇用を維持するための組織)や、the War Production Board and Office of War Mobilization and Reconstruction(戦時中の経済計画の作成を使命とする)などで働いた経験を持っています。もちろん現実の応用にすぐには結びつかない研究というのも実際には重要なのですが、基本的には基礎研究(経済学に限らず、物理学や数学などの自然科学でさえ)であっても中長期では応用をすることを強く念頭に置いているし、そうでなければ、議会で研究に予算を割くことが正当化されないのです。こういった背景があればこそ、「金融理論を大学経営のために現実に応用しよう」ということに、自然になるわけですし、ファイナンスの研究者だけでなく、産業組織論の研究者や基礎的なゲーム理論の研究者でさえ、その多くがビジネススクールにいるおり、基礎研究をしてもいいけど、応用研究も同時にしましょうという、学内外からの強い圧力がかかるわけです。
もし興味がある方は、例えば、John Campbell教授(ハーバード大学経済学部)やAndrew W. Lo教授(マサチューセッツ工科大学・スローン・スクール教授)などのページと、彼らの研究実績をみてみてください。彼らは大学基金の側からしても、最先端の研究者という意味でシンクタンクやアドバイザー的な役割を果たしていますし、実際にも、金融計量経済の第一人者であるLo教授は自分のヘッジファンドを運営していますし、Campbell教授も週一日のパートタイムでヘッジファンドに勤務しながら、ハーバード大学の大学基金の運営主体であるハーバード・マネージメント・カンパニ―(HMC)のボード・メンバー(役員)でもあります。私の母校であるところの東京大学には、彼らに相当するような業績を上げた人材は一人もいないと言っても過言ではありませんので、差がどうしても生まれてしまいます。小宮山宏総長は、大学の国際的な競争力の違いが運用力にあることを正しく認識しているようですが、では学内の誰に意見を求めればいいかと考えると、困ってしまうでしょう。
こういったサイエンスの風土の違いは、日本人がノーベル賞を間際で逃す理由にもなっているように感じられます。 例えば、日本の数理経済学の全盛時代を支えた故森嶋通夫教授(ロンドン大学名誉教授)、故二階堂副包教授、宇沢弘文教授、根岸隆教授らの業績は、現在の応用分野で不可欠な数学的な道具として使われていますが、当時はやはり基礎研究という色合いが強かったわけです。彼らはノーベル経済学賞候補と言われながらも、今のところノーベル賞が取れていません。計量経済学における純粋理論家である雨宮健教授(スタンフォード大学)の業績も、現在の応用分野で不可欠な統計的な理論付けをおこなったものですが、関連のノーベル経済学賞は2000年に、雨宮モデルを現実に応用した理論兼実証学者のダニエル・マクファデンと労働経済学者のジェームズ・ヘックマンの二人に送られています。確立解析の分野で伊藤の定理を証明した伊藤清教授(京都大学)の研究も、後にブラック・ショールズ方程式というファイナンスの分野での応用を可能にし、1997年にマイロン・ショールズとロバート・マートンの2人がノーベル経済学賞を受賞しています。こういった例は経済学に限った話ではなく、例えば増井禎夫博士(トロント大学)は、細胞周期の制御因子である卵成熟促進因子(MPF:maturation promoting factor)を発見した大生物学者ですが、ノーベル賞の登竜門とされれるガーデナー賞やラスカー賞を受賞していながら、ノーベル賞はこの分野でより応用に近い分野で後年業績を上げた研究者に与えられています。
アメリカの大学では、それぞれの研究者へ、応用や実証研究(注:商業上の応用研究という意味ではなく、より広い意味での応用)をやれという強い圧力がかかっています。それは応用研究のほうが、グラント(研究者への研究助成金)がとりやすいし、その額も大きいからです。社会学者にせよ、統計学者にせよ、基礎研究を主とする研究者であっても、応用研究をやっています。連邦政府や州政府からの研究助成金を大学の研究者が取ってくると、その一部を大学が受け取る関係になっていますので、大学経営側としては、ぜひとも応用研究をやってもらいたいわけですし、一般的にお金を取ってくる力が高い研究者は、スタッフを多く雇い、大きな研究室をもっていますし、大学内外で尊敬される傾向にがあるのです。 社会科学系の学部のなかで、経済学部の地位が高いのも、彼らが資金獲得力に富んでいるからですし、社会の要請に基づいて(言い換えると政府の研究グラントや企業の委託研究や授業料収入を大学が得やすいように)、学部や学位付与教育過程を新設したり、柔軟にするわけです。「生物学の主流が分子となっているのに、分子生物学部とか日本の大学にありますか。分子生物学部がある大学なんて、いくらでもありますよ」(利根川進博士)という発言が、全てを表しています。
4.学生と大学教員の待遇と競争環境
そもそも北米の大学の教授陣は、少なくとも平均で見ると、研究および教育、そして一般的な人間としての能力としても、日本の大学の先生よりも、かなり優秀であることは、疑いがないように思われます。もちろん日本最高峰の大学である東京大学や京都大学、あるいは中堅の国立大学でも、それぞれの分野で世界的な研究者(ハーバード大学やスタンフォード大学の普通の教授よりも格上の研究者)が少なからずいますが、平均というと、北米の中堅どころの州立大学のレベルにも及ばないのではないかと思われます。なぜならば、北米の研究者は、大学及び大学院で、かなりしっかりしたトレーニングを受けているし、大学院入学や研究者としての就職の際も、熾烈な競争にさらされていますからです。
まず誤解のないように言っておくと、アメリカの大学に進学する層の高校卒業までの平均的な教育水準は、先進国最低水準というのは、ほぼ確定的なことです。とりわけ数学の教育水準が低く、SATという大学入学時に提出する共通試験のレベルは、小学6年生からせいぜい中学2年生程度の内容です。数学だけでなく、一般的に学力の水準はあまり高くありません。ただしこれは平均レベルの話であって、北米では夏休みのサマースクールや夜に行われている授業で、中学生や高校生が大学の授業を履修したりできるし、例えば数学や物理が好きな学生は科目だけ勉強できるし、飛び級もありますので、一部のできる学生は、自分の専門科目については半端じゃなくできます。そうはいっても、ハーバード大学やスタンフォード大学などの大学でも、入学時の学力の平均は東大生とほぼ同じくらいか、少し下がる程度で、東大生の方がいろいろな科目をやらされるので、限られた時間での事務処理能力は高いように感じられます。一方、アメリカの大学では、すでに大学入学以前に専門科目すべて履修などという新入生がいます。ところが大学の教育の質が北米の方が高いので、大学を卒業する頃には、アメリカの学生の方が、一般的に学力が高くなります。
アメリカで大学や大学院の教育を受けるとすぐにわかりますが、まず日本の受験時の高校生のように徹底的にトレーニングされます。宿題を頻繁に出させられたり、場合によっては小テストのような類のものもあったりしますし、中間試験と期末試験で成績をつけられ、あまり悪いと合格点がもらえません。利根川進博士が述べているように、大学以上の学生へのトレーニングがかなりしっかりしているので、卒業生の最低水準というものがかなり確保されています。それに比べて、日本は高校までは比較的学力と言う意味では訓練されるものの、大学と大学院教育にやや欠陥があるので、優秀な研究者がでにくいのです。高校で上位の成績か、なにか(勉学ではなく、スポーツ選手としてということもあるのですが)に特に秀でていれば、授業料免除の奨学金や生活費補助付きの待遇を大学で受けられる可能性もあるので、経済的な意味でも、勉強しようという動機が大いにかかってきます。
例えば私自身の経験でも、卒業論文が評価された上で、ある程度成績が良かったため、卒業式で学部卒業生の総代になったのですが、アメリカの学生のように、とくに多額の経済的な利益を得たわけではなく、これならば普通の人ならば、やる気がなくなってしまっても仕方ないかなと、感じました。アメリカの大学ならば、大学時代の学業成績は、大学院に授業料免除と生活費補助付きで入学するための競争でもありますから、大学院に行きたい人は、本気で勉強するでしょう。
なお、アメリカの大学では、教授、準教授、助教授、講師、ポスドクと分かれており、講師以上がいわいる正式な教員です。このうちティニュアという終身教授権を持つのが一般的に準教授以上となります。大学院で博士課程を取得し、場合によってはポスドクをやった後に、なんとか大学の教員になったとしても、一般的にはまず助教授になるのですが、この助教授というのが、5年とか7年とかの任期制です。任期中に研究業績をあげ、教育でも評価をされなければ、準教授というティニュアを持つ地位に昇格することができないのです。
一方、少なくとも最近までの日本の大学では、助手か少なくとも助教授以上は、一回なると解雇されるということのないポジションでした。したがって、この地位についてしまったらそれ以降、まったく研究を行わなくても、あるいはそれこそ教育義務も果たさなくても、定年まで少なくとも大学にはいられたのです。ただ、このような競争に最もさらされていると思われる、アメリカでの助教授クラスの研究が、一番ノーベル賞を受賞する対象になると、一般的な観察事実としては、いわれています。また大学教員の給与についてですが、そもそも労働市場が相当程度市場化されており、需要が多く、供給が少ない分野では、同じポジションや勤続年数でも他の分野より給与が高くなります。例えば、ビジネススクールの特にファイナンスの先生とか、工学部、医学部の先生は、純粋数学の先生や、歴史学や芸術などの人文系の教官よりも、一般的に給与が高いという点があります。
またティニュアについても、一回終身教授権をとっても、基本的に研究費は自分で申請して稼いでこなければなりません。また夏休みは大学からは給与がでない、大学教員の給与は1年で9ヶ月分しかでないのです。したがって、教員が夏休み中も給与を確保しようとすると、夏休みには企業でコンサルタントとして研究をしたり、外部で職を見つけなければなりません。また通常の学期期間でも、週平日5日のうち、1日は大学外でのコンサルタントや、非常勤の取締役などをしてよいということになっており、むしろ大学側も、奨励しています。大学教員が外部とかかわりを持つことによって、大学に研究費や寄付金が入りやすくなるからです。
また特筆すべき点として、北米の研究者の労働市場では、例えばもしあなたが、ハーバード大学で博士号を取得したとします。すると卒業後に、卒業生の出身大学ではポスドクや助教授として採用しないという慣行があります。この慣行は、法律で定められているわけではないけれども、大学社会では一般的に守られています。卒業生が他の大学で就職しないといけないのであれば、いわいる師匠が弟子を不当に厚遇するというようなことが起こりにくくなります。いわば平等な競争的な労働市場に放り出されるのです。 一般的に、大学と大学院は別の学校にいくことがその個人にとってもよいとされていますので、ハーバード大学の学部卒業生は、ハーバード大学ではなくマサチューセッツ工科大学やスタンフォード大学の大学院に進学する傾向にあり、もしマサチューセッツ工科大学かスタンフォード大学で博士号を取得すると、次はまた別の大学で就職することになるのです。
5.数多くの企業が大学から生まれる仕組み
またなぜ北米の大学から、数多くの企業ができるのかということについては、バイ・ドール法がひとつのポイントとなります。この法律は80年に制定されたのですが、公的な資金によって民間の大学等で研究された研究成果、知的所有権について、民間の大学の所有にしてよいという法律でした。技術開発というのは、一般に基礎研究から始まり、どこかの段階で商業化ができるという流れになります。それぞれの段階で、様々な研究上のブレークスルーを経て、商業化できるのですが、従来はあと少しで商業化できるような技術で、しかもその技術を開発した張本人であっても、大学で研究したもので、自分に経済的な利益がなければ、特にがんばって商業化しようとは思わないでしょう。バイドール法により、商業化直前の技術については、民間大学の所有となりますので、大学としても技術をライセンスして、外部に営利会社を設立し、投資家の資金を集めるなどして、商業化に成功すれば、大学に収入が入るし、教授側としても、大学で行った研究は大学の所有ですが、外部にできた会社の創業者になったりして株を持ったり、取締役やコンサルタントになれば、副収入が稼げるのです。したがって、この法律により、大学や研究者に、商業化直前の技術を商業化する強い金銭的な動機が与えられるようになったと言われています。
例えばサンフランシスコのベイエリアにあるジェネンテックというバイオ製薬企業は、もともとカリフォルニア大学サンフランシスコ校の教授が共同で設立した会社です。グーグルやヤフーの元となる研究成果は、スタンフォード大学の大学院生時代の研究成果ですし、ネットスケープとシリコングラフィクスの経営者であったジム・クラークは、スタンフォード大学の教授でした。MITには、ロバート・ランガーという教授がいて、DDS(ドラッグ・ディリバリー・システムズ)の分野で、数十の会社の設立に携わっているスター教授です。サンディエゴの通信企業クワルコムの創業者のアーウィン・ジェイコブ氏とアンドリュー・ヴィテルビ氏は、二人ともカリフォルニア大学サンディエゴ校の教授でした。あるものは大学に今も軸足を置き会社を設立し、社外取締役や科学顧問として参加、あるものは大学から完全に飛び出して、会社を経営しています。
またそもそも公的な研究費の絶対額が、圧倒的に違うという点も見逃せません。しかもそもそも何で研究をするのかといえば、軍事的な優位を維持するためという側面があります。アメリカの国としての戦略として、圧倒的な軍事力を維持するという側面があります。圧倒的な軍事力を維持するためには、科学技術上の優位をも維持しなければならないのです。例えば、第三次世界大戦は数学者の戦争になるといわれているのですが、それは暗号と暗号解読の分野では、整数論や代数を基にしているからです。整数論はもともと最も応用とは縁のない分野といわれていたのに、急遽軍事技術上重要な分野に浮上したのです。このように、どのサイエンスの分野が軍事上重要になるかという点については、予想がしがたいので、基本的にすべての分野でトップであり続けなければならないのです。科学技術政策と軍事戦略は、切っても切り離せない関係になっています。したがって、近年のイラク戦争についても、対外的に軍を駐留させると多額のコストがかかりますので、結果的に科学技術研究予算が削減され、長期的な軍事的な優位を維持できるのかという議論も出てきています。
またベンチャー・キャピタルという産業の成り立ちについては、代替投資という分野の投資に、大学基金がその大きな担い手になっています。例えば、冒頭ですでに述べたように、ハーバード大学やエール大学は、大きな機関投資家で、彼らは、ヘッジファンドやプライベート・エクイティーという代替投資への配分をもともと増やしています。ベンチャー・キャピタルという産業は、有望な技術を持ったスタートアップ企業へ投資し、5年から7年程度をめどに、IPOや売却により、投資資金を回収するという投資手法です。大学はスタートアップのネタになる技術をインキュベーター(培養器)のような役割をして生み出していきますので、大学側も技術を開発して、商業化する強いインセンティブを持ち、投資家の側も高いリターンを狙える投資対象として、位置づけているのです。
6.政策的な提言:今すぐ政治が変えられること
(未完成)
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