2010年12月10日金曜日

2011年度ISS日本市場向け議決権行使推奨ポリシーの変更に関する意見

先月11月11日を締め切りとして、議決権行使助言会社世界最大手のISS(Institutional Shareholders Services:インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシズ)が、日本市場向け議決権行使ポリシーの意見を募集していました。以下に私のパブリック・コメントを掲載しておきます。

私の基本的な考え方としては、ISSの議決権行使基準は確かに企業統治の考え方を浸透させるのに一定の成果をあげているものの、日本市場の資本市場としての長期的な低迷傾向という現実の特性を考えると不十分極まりないものであり、今後は批判の対象にもしていかなければいけないと考えていますが、現実問題として特に米国の機関投資家はERISA法による受託者責任の対象となっているので、ISSのサービスを購入しながら議決権行使をしていることを考慮し、今後の運動はISSの日本型ポリシーの問題点を関係者に広く周知させていくことも重要化と考えています。これについては、ぜひともご意見をお待ちしています。

(7)ポリシー改定に関する意見
(a)取締役選任議案についての意見

(あ)委員会設置会社で独立社外取締役が過半数の場合
「ISSは委員会設置会社の取締役選任で、候補者各々の独立性に基づきこれまで賛否の推奨を行ってきましたが、取締役会全体の独立性を個別候補者の推奨に考慮してきませんでした。今回のポリシー改定では、取締役の過半数がISSの独立性基準を満たす場合は、独立していない社外取締役に賛成を推奨することを検討しています」(ISS資料)とある点について、

以上のポリシー変更には、反対する。
委員会設置会社においては、指名、報酬、監査の3委員会の独立性が特に問題になる。基本的に、独立取締役が取締役会で過半数だけでは経営監視機能において十分だとは言えず、3委員会の独立性は極めて重要だと考える。例えば取締役会で独立取締役が過半数だったとしても、指名委員会の過半数が非独立取締役が過半を占めていたらどうだろうか?指名委員会が実質的に取締役の選任の行う権限を有するという実態からすれば、本来であれば3委員会を構成する委員のすべてあるいは少なくとも75%以上でなければ、監視機能が十分に働くとは言えないのである。
取締役の過半数が独立では不十分であり、仮に非独立の社外取締役(特にこの人物が独立役員と会社が指定している場合)がいる場合は、取締役会の75%以上が独立でなければ、取締役会の監視機能を大いに減退させると考える。
また情報開示が不十分であるために、実際は過去に当該会社に対してコンサルティング契約を行っているなどISSの独立性基準に反しているのに、参考書類に開示されていないから、ISSが独立としている事例が存在する。例えばHOYA株式会社の指名委員長である椎名武雄氏(社外取締役)がその一例である。日本企業の情報開示が他の市場と比較して極めて不十分である以上、非独立の社外取締役に対して、委員会設置会社の取締役が参考書類の情報のみで独立とされる役員が過半数だったとしても、賛成とする方針には、問題が大きい。
なお委員会設置会社への移行が、必ずしも株主価値の増加にはつながっていないとする実証研究が存在すること(例えば、神戸大学忽那憲治ゼミ「取締役会の構造が企業のパフォーマンスに影響を与える影響」www.isfj.net/ronbun_backup/2009/e05.pdf
、日本経済新聞2005年8月16日記事、「委員会等設置会社の導入効果」http://eri.netty.ne.jp/honmanote/comp_eco/2005/0830.htm)も考慮に入れるべきである。

(い)親会社や支配株主が存在する会社で独立社外取締役が2名以上いない場合
「ISSは親子上場の子会社に限り、独立社外取締役が2名以上いない場合に経営トップに反対を推奨してきました。今回のポリシー改定では、上場・非上場に関わらず、親会社や支配株主が存在する場合にも、独立社外取締役が2名以上いない場合に経営トップに反対を推奨することを検討しています」(ISS資料)との点について

以上のポリシー変更には、賛成する。
親会社や支配株主が存在する場合には、親会社が上場企業でない場合も、当然ながら少数株主の権利侵害が日本の資本市場ではありふれている。創業者一族が支配株主などのケースはありふれており、情報開示が不十分であるため、参考書類からは、実質的に支配株主がいることがよくわからないこともありふれているのである。日本の資本市場においては、少数株主の権利侵害が最大の問題の一つであり、独立社外取締役が2名以上いない場合は、経営トップに反対を推奨することには、合理性がある。

(b)報酬関連議案に関する意見
(う)「退職慰労金議案の金額開示について、現在ISSは退職慰労金の金額が非開示でも、それだけを理由に反対を推奨しません。今回のポリシー改定では、金額が開示されない場合は原則として反対を推奨することを検討しています」(ISS資料)について

以上のポリシー変更には、賛成する。
諸外国の資本市場では、原則として役員報酬は全額個別開示するべきであり、退職慰労金は後払い的な給与の支払いとしての性格が強いので、本来は株主総会招集通知の参考書類で全額個別に開示するべきであり、金額が開示されていない場合は報酬議案に原則として反対するべきである。また本来は、個別開示が望まれることは言うまでもない。

(え)報酬型ストックオプションの行使条件
現在ISSは報酬型ストックオプションの行使開始時期が退職後であることを求めています。この条件を撤廃し、かわりに行使条件として具体的な業績条件を求めることを検討しています。なお業績条件がない場合は、行使開始まで最低3年間の期間があることを条件として、例外的に賛成することもあわせて検討しています。

以上のポリシー変更には、(部分的に)賛成する。業績条件がない場合に行使価格まで最低3年間の期間があることを条件として、例外的に賛成するのは反対。
基本的には報酬型ストックオプションは、行使価格が業界や市場のインデックスと連動することが望ましいという主張を行っている。本来であれば、行使価格がインデックスに連動するオプション以外は反対推奨するという議案が望ましいといえる。しかしながら、行使価格がインデックスに連動するオプションの利用が日本国内ではあまりないことを考慮した場合、事前的な策として業績条件を求めることには一定の合理性がある。ストックオプションの行使開始時期が退職後である必要性は存在せず、むしろ業績条件が明確化することの利益が優先されると考えられる。行使開始時期が退職後であっても、ただ株価が上昇する資本市場の局面においては、ストックオプション受給者の取締役や経営陣がたなぼた的な利益を享受するにすぎないことがままにあることからすれば、業績条件の明確化の方が利益が大きい。したがって業績条件がない場合には報酬設計に問題があると言わざるを得ず、行使価格まで最低3年間の期間があることを条件として、例外的に賛成するのは正当化できない。

(8)その他ISSに対する意見
(a)株式の持ち合いについて
日本の資本市場の最大の問題の一つは株式の持ち合いであり、株式の持ち合いにより議決権行使が受託者責任とかけ離れたものになるほか、資本効率が悪化という結果を招いている。したがって、株式の持ち合いに関する情報開示をより強化する方向への議決権行使ポリシーの作成を急ぐべきである。

(b)買収防衛策について
日本企業の多くが導入した買収防衛策は日本の資本市場の活性化に障害となっているのが現実であり、ISSが以前検討していた種類の、買収防衛策を導入した会社の取締役会に独立した役員が2名以上いない場合には、トップや指名委員の再任に反対するといった種類の議決権行使ポリシーの作成を急ぐべきである。

(c)中央官庁の官僚出身者に関する独立性基準について
日本においては、メインバンクや監査法人の出身者に独立性を認めない考え方があるのと同じように、中央官庁の官僚出身者は取締役会においても、株主価値を最大化させるというよりも出身官庁の利害を優先させるという行動様式をとることが多い(例えば高橋洋一・須田慎一郎著『偽りの政権交代
財務省に乗っ取られた日本の悲劇』(2010年新潮社)、青木昌彦著、永易浩一訳『日本経済の制度分析
情報・インセンティブ・交渉ゲーム』(1992年筑摩書房)などを参照)。したがって、日本の労働市場と政治経済システムの特殊性を根拠として、原則として中央官庁の出身者には社外取締役としての独立性を認めないポリシーが望ましいと考える。

(d)HOYA株式会社取締役の椎名武雄氏の推奨について
私は2010年のHOYA株式会社に対する株主提案の議案作成者として、15年間取締役を務めて現在指名委員会委員長の椎名武雄氏が過去にコンサルティング報酬を受領している問題を、取締役会の社外取締役の独立性を疑わせる問題として、議案説明の理由としてとりあげた。椎名武雄氏の100%所有する会社を通じてのコンサルティング料受領については、株主総会招集通知と参考書類には開示されていないが、会社側の公開資料である2004年のアニュアルレポート(http://www.hoya.co.jp/japanese/investor/d0h4dj0000000dbq-att/annual2004.pdf)65ページなどに記載があり、委員会設置会社の社外取締役として、非独立として反対称するべき事案であるが、ISS社のMarc
Goldstein氏によれば、参考書類に開示されなければ、過去の事業報告書に開示されなくても、このような推奨になることがあるという。本来は非独立とされるべき取締役候補者が、参考書類にその記載事実がないことを持って、独立とされるのは、むしろ情報開示を限定的にすればよいという態度を促すことになりかねない。参考書類にのみ依拠して独立性の判断をすることは、ISS社自体の推奨内容の信ぴょう性を疑わせるという結果となり、少なくとも株主提案が提出されている場合は、きちんと過去の開示資料に基づいて推奨内容を行うべきである。来年以降の推奨内容にきちんと反映させることを強く望みたい。